忘れるのが供養
知人、家族を失った人に対して、「その人のことを忘れるのが、最大の供養」と言う人がいます。
恐らく、ある著名な仏教学者の言葉を借りたのでしょう。
ちなみにその人はこのように仰っていました。
「仏教の考え方は死者を忘れること。我々が死者の存在を忘却することで、その死者は報われる」
この言葉を耳にしたとき、結局この人も人間の複雑な感情までは理解できていないなと思いました。
確かに、僕は宗教の知識はありませんが、人の感情は理解できているつもりです。
だから宗教的な部分に関しては、反論できる立場にはありません。
ですが、これが本来の宗教の考え方だとはとても思えないのです。
むしろ死者への最大の供養は、忘却したり、平然を装うことではなく、悲しみ、思いっきり泣くことではないでしょうか。
おいおいと泣き叫んだり、悲しむと言うことは、その人にとって死者がそれだけ尊い存在であったということです。
もし死後、ご遺族が無気力感にかられているのであれば、その人の心に大きな穴が空いてしまったということです。
それは感情を持つ人間ならではの当たり前の感情だと思います。
無理して忘却しなくてもいい。
ゆっくりと現実を噛みしめれば良いと思います。
お亡くなりになった人の事を、胸の内に刻むことが大切なのです。